カテゴリー別アーカイブ: ラブホテルの事情

大阪ラブホ史を体験した二代目 その1

大阪・京橋にある老舗ラブホ富貴と千扇を切り盛りするオーナーの娘さん(残念ならが本名は明かせません!)。彼女はまさに過去から現在へと繋がれた日本のラブホ史そのものといっても過言ではない存在。まずは彼女が生まれるまえのお話からお聞きした。

初代オーナであるうちの父の出身地は石川県の小松市です。石川県では長男は家を継ぐけどその下はもうどうでもいいといったらあれですけど、家を出てほかの土地に働きに行くというしきたりみたいなものがあって、昭和30年頃、長兄でなかった父も岸和田で豆腐屋さんをやっていた先輩について修行することになりました。

それで独立して自分のお店を持ち、お金を貯めて次に始めた仕事がお風呂屋さん。私もそうですけど石川の人は我慢強いと昔からいわれてて、お豆腐やサンもお風呂屋さんも冷たい水を扱う重労働でしょう。他の人はやりたがらないから、大阪では石川の人が多いとよく聞きます。お風呂屋さんは堺市に会って、父も母も手が離せないときには私も番台に上がったこともあります。恥ずかしくてね~。同級生からも「風呂屋の娘」といわれてからかわれたこともあります。

ラブホ発明王が福島を救う その7

このシステムを応用すれば放射性物質の除染が可能なんですよ。いまやっている除染は基本的には放射性物質をただ高圧の水で散らしているだけなんです。でも私の方法は水を循環させられるので、その間にゼオライトのような除去物質を設置すればキチンと放射線量を減らすことが出来るはずなんです!

ラブホテルのデザインでも発明でも、考え始めれば何時間でも寝ずに熱中できるという現在73歳の原田さん。もしかしたら今でもラブホテルの受付にたつこの人物こそが福島を救うキーパーソンになるかもしれない。

ラブホ発明王が福島を救う その6

原田さんのデザインした部屋の特徴は亜想呼の「宮殿」や「南国」のように女性の局部を観察するためのギミックなのだが・・・・。

あれはね、オトコのイメージ。スケベ発想なのよ。女性は嫌う!バステル花の「タヒチ」の浴室ももともとは透明で下から覗くことができたのですが、女性客からクレームが多くて今の形にしました。ラブホの主導権は女性。だって、女性が行きたくないと言ったら、男性はどうにもならないんだから!

ラブホデザイナーの仕事はラブホ経営がうまくいったことで、パタリと受注がなくなった。同業者が敵に塩を送るようなことをしくなったためだと、原田さんは言う。ラブホ業界は改装するペースが早いため、原田さんが手がけた内装はもうほとんど現存していない。その後、原田さんは持ち前の発想力を発揮して、ビルの外壁を洗浄する新システムを発明し、特許を取得。続いて友人のゴルフ場経営者が芝の管理で悩んでいたことで、高圧の水を土に注入することで土壌そのものを活性化させるシステムも発明。こちらも特許を取得してテレビ番組や雑誌で取り上げられている。注入した水を何度も循環することが可能なので大量に水が使えない場所でも利用できるのが特徴だ。

 

ラブホ発明王が福島を救う その6

結局、関東、東北を中心に60件のラブホのデザインをやりました。当時は天狗になっていてね。営業なんてしないで「お客さんがここまでやってきて頼みに来ないとやらない」という時代だった。デザインと内装をやって儲かって、そのお金でラブホを自分でも買って、福島県内に5件のラブホをもつことになりました。

ここで原田さんのラブホのデザイン術を聞いてみる。ここまで読んでお分かりのように、原田さんはこれまでインテリアデザインどころか、専門的な美術教育を受けていないのだ。

まずね、部屋の中心になるものをイメージする。たとえば、公園がテーマならブランコとか。それで、ブランコのイメージを完璧に作ってから、それを活かす周辺のイメージを自由に広げながら作っていく。素人が書いたデザイン画だから、よくお客さんに「これでよく伝わりますね~」と言われましたが、気の知れた大工が施工するから大丈夫。発想というのはそのことを長く続けている人は駄目なんですよ。まったくの素人の方がいい発想が出る。プロは自分が積み重ねた経験を土台にしているからそこから超えていけないね。

 

ラブホ発明王が福島を救う その5

原田さんがイメージしたのは雪国の子供たちが作れる「かまくら」だった。大きな半球の構造物にアーチ型の入り口と窓を開けて、カタログで見つけた毛足の長いタロスで包み込んだ繭のようなかまくらを全ての客室に作り、その中にベッドを設置した。

今でも忘れないのですがオープンは8月13日午後10時でした。看板に明かりを灯したら10分で満員になりました。みんな泊まりで、朝になっても全ての駐車場にクルマが泊まっているのを見ていたらホロッときましたね。それからは連日満員。経費節約のために実家から両親を呼んで、タダで働いてもらったりしたから儲けは目標の3倍になりました。

バステル花は評判になり、原田さんにはラブホテルのデザインと内装の仕事が舞い込むようになってきた。

ならば、と今度は各部屋を違うテーマで作り直しました。そうしたらショールーム代わりにもるからね。せっかくSL型のベッドとかタヒチとか面白い部屋にしたので、チラシを沢山刷って新聞の折込に広告を入れたら、配達地域の子供が大騒ぎして警察から大目玉をくらいました(笑)。